「ちいかわ」という神話
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』が面白いらしい。
「らしい」と書いたが、僕がまだ熱心にTwitterをやっていたころ、ナガノ氏がTwitterで連載する『ちいかわ』は常に最新回を追いかけていて、映画化の対象となったいわゆる"人魚編"のエピソードは全て読んだのでストーリーは把握している。面白かった。連載当時、まだ伏線らしい伏線もほぼ無かった段階で、劇中の細かな描写を読み解いて物語の中核となる事件の犯人を的中させた考察者がおり、ちいかわリアタイ界隈はたいへん盛り上がっていた記憶がある。
絵柄の可愛さは一見子ども向けだが、Twitter連載という出自から見ても「ちいかわ」の想定する読者層は小さな子どもたちではないはずである。でも今現在、ちびっ子たちからの支持は絶大だ。フジテレビによる朝の時間帯でのアニメ化の効果は大きいと思うが、理由はきっとそれだけではない。
「ちいかわ」に限らず、子どもたちに深く愛される作品は、子どもを子ども扱いせず、大人でも安易に読み解きがたいテーゼを投げかけたり、理解に深い洞察が必要な描写を示したりする。子どもの感受性は正直だ。その深遠さは理解できずとも、浅く雑な作りの物語に相対すれば「自分が子ども扱いされている」、言い換えれば、「舐められている」ことには容易く気づく。
よく子ども向けの作品に対して「大人が観ても面白い」と称賛することがあるが、独善的でイヤなほめ方だと思う。「子どもが観ても面白い」作品を作るほうがずっと難しい。大人を騙すのは簡単だ。大人は作者や監督の権威、製作コスト、出演者への好意、自分が支払ったチケット代金、IPそのものへの先入観、様々な物差しで作品を評価できる。しかし子どもにはそれがない。「自分が面白いと思ったか」がすべてだ(引き換えに、子どもは脳の報酬系をハックするような刺激には大人より弱いのだが、ここでは触れないでおく)。
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』の話に戻るが、既にインターネットには大人たちがこの作品をさまざまな角度から考察する記事が上がっている。社会学、犯罪学、神話学、民俗学、地政学……。これだけ多様な読みを許していることが、作品の秀逸さの証左であるといえるだろう。特に神話学からのアプローチは面白かった。本作に登場する「セイレーン」と「人魚」というキャラクターからの連想で、ギリシャ神話を参照して物語やモチーフの構造を解いていくと、作品の訴えかけるメッセージが、単にストーリーラインを追うのとはまた違って見える。他方、「ちいかわ」を日本的な穏健で同調圧力の強い集団の戯画ととらえ、その集団が「セイレーン」や「人魚」、「隠された犯罪」といった外圧や不穏分子に対してどのようなふるまいを見せるか、という社会学的な見方をした人もいた。「なんかちいさくてかわいいやつ」の冒険活劇に寄ってたかって大の大人が考察合戦、すごい光景である(ほめている)。
スタジオジブリ『崖の上のポニョ』が劇場公開された時も同じような雰囲気だったのを覚えている。「ぽーにょぽーにょぽにょ」とキャッチーなテーマソングに、全編手描きのオーガニックなタッチ、宮崎駿監督自身が発した「神経症と不安の時代に立ち向かおうというものである」というメッセージとは裏腹に、読み解けば読み解くほど昏い穴の底に入り込んでいくような不穏な伏線やモチーフが散りばめられた怪作であった。「ポニョ」もまた、境界を跨ぐものの物語、海からきた大いなるものからの呪的逃走、生と死の越境、などの神話的な読まれ方を多くされた、一見子ども向けの作品のひとつだ。
「神話的な読み方」という言葉を使ってきたが、思うに、現代のエンタメ作品がある種の深みを醸し出すために神話的モチーフを取り入れるというよりは、数千年の時の試練に耐える神話のプロットが物語のフォーマットとして普遍的に強いのだと思う。文字がない時代から口承で伝えられてきたような物語は、ストーリーとしては荒唐無稽であっても、人類の身体感覚に基づいたプリミティブな説得力を持っている。例えば、「ちいかわ」や「ポニョ」にも見られる、海底や洞窟・トンネルなどに主人公が潜っていって世界の秘密を知るという類型は、古事記やギリシャ神話など洋の東西を問わず散見される。これは人類の脳が睡眠時に(暗闇の中で)記憶を整理し、知恵を得ていく生理的感覚と無関係ではないだろう。あるいは、木のうろや岩陰の暗がり、海の底といった「見えない場所」に資源や食料を求めた太古の感覚が、そうして進化してきた身体の中に残って共鳴した結果なのかもしれない。「秘密は暗く深い場所にある」という暗黙知は誰に教わるでもなく感覚として身についている。
物語が持ち得る「神話的構造」や「神話的モチーフ」が作品のテクストとうまく嚙み合うと、その作品は原始的な「神話の力」を帯びる。これが誰の中にも眠る原初的な感受性を刺激し、素直で厳しい批評家である子どもにも感覚的に受け入れられていく。そういうものなのかもしれない。
「ちいかわ」は「神話」だ。